「思考と感情が、心(意識)となり、シグナルになって、身体(細胞)を変える」②

最終更新: 2月14日



心の範囲は、更に幅広いもので、思考とは異なる、よりパワフルなシグナル伝達方法があります。それは、感情です。

このパワフルな伝達方法は、普段は意識してなくても、必ず思考と一緒にあるものです。

そこで、次のハート(心臓)の周辺を指して、「心は胸の中心にある!」という表現が、大変に重要になってきます。

例えば、感動的な話、悲しい映像、そして実体験を通して、自然に涙が出てきたことが、誰にでもあると思います。

この時、私たちは、「涙がこみ上げてきた・・・・・・」「胸が詰まるほど苦しい」「胸糞(ムナクソ)が悪い」というハートの部分に心が宿るような表現をします。

決して「涙が、頭からこみ上げてきた・・・・」とは言いません。

ですから、心とは「胸の中心にある」という表現も、正しいことになります。

特に、感動的な話を聞いたり、悲しい映像を見たり、そして実際に体験したことに対して、こみ上げてくるもの。ただ漠然と感じているという「心」の一面があるはずです。

これが、感情であり、正確には、瞬時に湧き起こるエモーションのことです。

エモーションは、一般的には、情動と訳されますが、瞬時に湧き上がる感情をエモーションと呼びます。

具体的には、感動的な映画や、様々なシーンを見て、知らず知らずに、涙を流すことがあります。

この時、私たちは、理性、知性、意思などの思考ではなく、あらゆる条件を超えて、直接反応することがあります。

直接、胸の中心に位置するハートにつながるという意味です。

災害に見舞われた人が、救出される映像や、事故にあった人のその後の苦難の日々についてのインタビューや、やっとの思いで優勝までこぎつけるスポーツの感動シーンを見ると、「胸が熱くなる」という表現をしますね。

いま、誰かに、「その時の感じを、ここで再現してください。」と言われても、簡単にできることではありません。

全ては、その時、その人の五官を通して入ってきたものに対して、その人が、イメージを作り出した結果です。これが、極めて重要な、もう1つのシグナルになります。

このエモーションや、感情の類は、不思議なもので、同じ映画をみても、私と〇〇さんでは、感じ方が違います。

また、第三者から、「今どのような気持ちですか」と聞かれると、「感動しました。悲しい物語です。つらい話ですね。」と、必ず、思考で答えています。

当たり前のことですが、その時の同じ感情は、他人とは、正確には共有することができません。

その気持ちを聞いた人は、聞いた本人の経験に基づく「感動、悲しみ、辛さ」を基準に、相手の気持ちを理解することになります。

結論は、本人しかわからない、独特の感情が、シグナルになって身体につながるということになります。

感情を言葉で表現する前段階には、エモーションと呼ぶ、もっと単純な段階があります。

分かりやすく表現すれば、何かを見た時や、聞いた時、又は、何かを体験した時に、その対象に対して、「心地良いと感じるか、不快と感じるか」、又は、「愛を感じるか、怖れを感じるか」なのです。

ご自分の体験と照らし合わせてみてください。

例えば、自分にとって好ましくない光景を見た時(例えば、怒りたくなるような出来事)は、

①光景を見る⇒②受け取り方⇒③不快感⇒④怒り⇒⑤怒鳴る の順番になっています。

冷静さを失うということは、②③④の状態に対して意識的ではなくなり、いきなり④の状態に入っている時です。

良いエモーション(感情)と良い思考が、合体する時が、現実を作りだす時です。

良く次のような表現をしていませんか?

「頭では分かっているけど、気持ちがついていかない」

これは、「思考では理解できるが、感情が加わっていない」ということです。

この両方をつなぎ合わせることが、大変に重要なことであり、そのためには、「瞑想」「リトリート研修」の必要性があります。


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