~リンゴの一生に思うこと~

 外食を減らし、家で食事を作る人が増えているようです。健康を重視し、少し値が張っても安全性の高い食材を購入したり、珍しい材料を取り寄せておうち時間を楽しむ傾向も高まっているそうです。

 「人は食べたもので作られる」とは、以前から言われていることですが、だからといって、食べたものがそのまま私たちの体になるわけではありません。豚もも肉を食べたら、その肉が私たちの筋肉になるとか、牛乳を飲んだら骨になるとか……。冷静に考えれば、そんなに都合よく、まるでロボットを組み立てるようにはいかないことは想像がつくところです。

 つまりどういうことか……

 私たちがものを食べたとして、それを口の中で咀嚼し、飲み込んで、それが胃に入り、更に胃内で細かくされ、その先の小腸でもっと小さな物質になって、おそらく肉眼では見えないくらいのサイズになって、ようやく体内に入っていけるという、消化・吸収という過程が必須になってきます。(これについては、平田ホリスティック教育財団の丸元康生理事のブログ「ヨガ的な食事」を見ていただくとスンナリ理解できます)



 突然ですが、イメージしてみましょう。

 ここにリンゴがあります。ひと口かじって、口の中で砕いていきます。この時点では、まだリンゴであることは明らかです。そして胃に入り、更に細かくされます。ここでも恐らく、リンゴの形状が確認できるでしょう。そして、次に小腸で、体内に吸収できるサイズにまで分解されます。その時点では、リンゴは、化学式で表されるくらいの状態に形を変え、もはや、それがかつてリンゴであったとは分からないくらいになっているでしょう。

 リンゴは、リンゴとしての形を失った時に初めて、私たちの体内に吸収され、体の一部になることが可能となるのですね。リンゴの一生に、大きな感謝と敬意を表さずにはいられません。


 私たち人間も、ガチガチに固まらず、心身をほぐして、ゆるゆるにバラけた物質として生きていることで、他との融合がしやすくなるかもしれませんね。