「囚われた感情が、認知症状の現れ方を変える」【by 平田ホリスティック教育財団 理事長:平田進一郎】


感情体験は、固有のもので、喜びや悲しみの感じ方を、他人と比べることはできません。


どのような感情になるかの前に、五感を通して、何かを認知したとき、先ずはエモーション(情動)が発動して、そのことが、当人にとって、快情動となるか、不快情動となるかによって、感情が種別されます。


辛い、悲しい、恐怖にしても、嬉しい、楽しい、感謝にしても、このような感情種別は、エモーション(情動)から始まります。

無論、その逆のルートもしかりで、何かを思い出して、その記憶から当時の感情がリバイバルされ、快、又は不快の情動が再点火されることもあります。


どちらにしても「感情」が中間地点となり、その質が、思考を変え、情動を変えることは明白です。


最近、縁あって認知症の専門医と話す機会がありました。


認知症状の現れ方ですが、人により異なります。

例えば、イライラして、怒りっぽい症状になることは、多々あります。


若いうちは、それほど怒らなかった人、穏やかだった人が、年を取ってから、性格が変わったように見えるのは、周りにとっても、大変にショックなのではないでしょうか?


この怒りの発端を探ると、①意識→②情動→③感情→④思考という流れがあります。


分かりやすく言うと


①最初に、経験した事象に対してのとらえ方から始まります⇒

②その捉え方次第で、快情動、又は不快情動が生まれます⇒

③その情動に準じて、様々な感情が種別され、怒りとか、喜びとかを認知します⇒

④そして、怒りなら抑えるという理性が働く場合もあり、喜びならそれを表現する言葉を発することもあります。


しかし、この④の部分は、人により思考(表現)の仕方が変わります。

昔から、怒りをすぐに表現する人もいれば、内にためた怒りや不安を、理性でコントロールすることで、周りには、その感情を悟られないようにする人もいます。


各人の性格次第で、どのようにもなるということです。


このような理性的コントロールは、新しい脳である前頭葉(前頭前野)で、行われています。


人の脳が、他の動物と違うところは、この理性的な処理、又は、行動、抑制、計画、判断を司る前頭葉が、大脳全体の30%を占めていることです。

ちなみに、チンパンジーでも7~10%で、私たちの飼っているワンちゃん、ネコちゃんにいたっては、3~6%です。


認知症においては、多くの場合、この前頭葉の機能が、加齢とともに衰えることが原因となっています。もちろん、脳の血流不全が発症の原因にもなりますので、若年でも起こりえます。


若いときには、極めて理性的に生きてきた人が、加齢とともに、理性的なコントロール機能に衰えが生じた場合、どのようになるでしょうか?


ここに感情の引き金になる「情動」の研究をする意義があります。

何故なら、情動は、古い脳である大脳辺縁系の中の扁桃体が、その発生場所です。

理性を司る前頭葉とは、別の場所に位置しています


何が言いたいかというと、認知症と診断されても、快、不快の情動は衰えなく、生み出されるということです。


例えば、若いときは、50mを早く走れても、歳を重ねるにつれて、昔のようには動けなくなります。

同じように、経験した出来事に対して生まれた情動を理性的にコントロールできた前頭葉は、かつてのように動けなくなることは明白です。


「若いときは、こんなに怒りっぽくなかったのに・・・」


年齢を重ねても「意識」は変わりません。

「意識」が変わらないということは、特定の経験に対する捉え方も変わりません。

捉え方が同じなら、同じような情動から、同じような感情が生まれます。

あとは、その「感情」への対処の仕方です。

その仕方こそ、前頭葉の働きであり、人が人であるための脳機能になります


もし、何かに囚われていて、無意識に悪しき感情を持ち続けているなら、早めのデトックス(自己解放)が必要になります。

何故なら、その囚われ感情が、加齢とともに生じる脳機能の低下によって、理性では抑えきれなくなる可能性は否定できません。


むしろ、これからは、理性的な強化に力を注ぐよりも、悪しき感情が芽生えたら、その毒をため込まないワークをすることをお勧めします


言い過ぎかも知れませんが、「心に思ったその瞬間、それはすぐに現実化する」という

天国と地獄の世界への予行演習かも知れません。